コラム
2026.06.01
ビジネスと人権
企業経営において、近年よく耳にする言葉に「ESG」があります。EはEnvironment、つまり環境のことです。企業活動が地球環境に及ぼす影響や、気候変動・資源制約などの環境変化から企業が受ける影響を考慮することを意味します。SはSocial、つまり社会のことです。ここでいう社会とは、人々の生活や働き方、地域社会、取引先、消費者など、企業活動と関わる人間社会を指します。そして、その根底にある重要な考え方が「人権」です。GはGovernanceで、組織統治や意思決定の仕組みのことです。法令遵守、リスク管理、取締役会の機能、内部統制などが含まれます。
今回は、このうちS、すなわち企業活動と人権について考えていきます。
1.そもそも人権とは何か
まず、“人権”という言葉について考えてみましょう。 私たちは日常的に「あの対応は人権上問題がある」「人権を尊重する」といった表現を使います。しかし、あらためて考えると、人権とは非常に幅広い概念です。
辞書などでは、人権は「人間として本来持っている権利」や「人間が人間らしく生きるために生来持っている権利」と説明されます。具体的には、自由権、法の下の平等、参政権、社会権などが含まれます。また、現代では、幸福追求権に関連するものとして、環境権、プライバシー権、肖像権、自己決定権なども重要な権利として考えられるようになっています。
つまり人権とは、特別な誰かだけに関係するものではありません。すべての人が、人間らしく、尊厳をもって生きるための基本的な権利です。
2.なぜ企業に人権が関係するのか
これまで、人権は主に国家が保障するものという考え方が基本にありました。憲法や法律により、国が人々の権利を守るという考え方です。
しかし、経済が発展し、企業活動が人々の生活に大きな影響を及ぼすようになるにつれて、人権を守る役割を国家だけに委ねることには限界が生じてきました。特に、経済活動がグローバル化した現代では、一つの製品やサービスが、複数の国や地域、数多くの取引先、労働者、消費者を通じて成り立っています。
たとえば、企業が直接雇用している従業員だけでなく、海外の工場で働く労働者、原材料の採掘に関わる人々、物流を担う人々、販売先や地域住民など、企業活動の影響を受ける人は多岐にわたります。
そのため、企業には、自社の事業活動が人権にどのような影響を与えているのかを把握し、必要な対応を行う責任があるという考え方が広がっています。
ここで大切なのは、企業に求められているのは「すべての社会問題を解決すること」ではないという点です。求められているのは、少なくとも自社の事業活動や取引関係を通じて、人権に悪影響を与えないように注意を払い、問題があれば防止・軽減・是正に努めることです。
3.企業は人権について何をすればよいのか
では、企業は人権について何をすればよいのでしょうか。
第一歩は、自社に関係する人権課題を知ることです。人権という言葉は大きく聞こえますが、企業活動に当てはめて考えると、決して抽象的な話だけではありません。
たとえば、次のような事項は、企業活動と関係する代表的な人権課題です。
- 長時間労働や過重労働
- 労働安全衛生
- ハラスメント
- 差別や不公平な待遇
- 外国人労働者や技能実習生の権利保護
- 児童労働・強制労働
- 適正な賃金の支払い
- 結社の自由・団体交渉権
- 個人情報やプライバシーの保護
- 地域住民への影響
- サプライチェーン上の労働環境
これらは、大企業だけに関係するものではありません。中堅・中小企業であっても、従業員を雇用し、取引先と関係を持ち、地域社会の中で事業を行っている以上、人権と無関係ではいられません。むしろ、中堅・中小企業にとっては、人権対応を「難しい国際ルール」として捉えるよりも、まずは「人を大切にする経営を、きちんと説明できるようにすること」と考える方が現実的です。
そのため企業には、自社の中だけでなく、取引先を含む事業活動全体の中で人権への影響を見つめ、改善を積み重ねていく姿勢が求められます。
2026.05.25
取引先から選ばれ続けるために、まず何を始めるべきか
1.サステナビリティ情報開示は大企業だけのものではなくなってきている
上場企業では、SSBJ基準に基づくサステナビリティ情報開示の適用に向けた動きが進んでいます。金融庁のロードマップでは、プライム市場上場企業について、時価総額3兆円以上の企業は2027年3月期から、1兆円以上3兆円未満の企業は2028年3月期から、5,000億円以上1兆円未満の企業は2029 年3月期から、段階的に適用することが示されています。
これだけを見ると、中堅・中小企業をはじめ、多くの企業には直接関係がないように見えるかもしれません。しかし、実際にはそうとは言い切れません。なぜなら、サステナビリティ情報開示では、自社単体の取り組みだけでなく、サプライチェーンを含めた情報の把握や説明が求められる場面が増えているからです。そのため、大企業の取引先である中堅・中小企業にも、温室効果ガス排出量、人権・労働、安全衛生、調達方針などに関する情報提供を求められる可能性が高まっています。
2.取引先から問われるのは環境情報だけではない
サステナビリティ情報開示において問われる内容は、温室効果ガス(GHG)排出量やエネルギー 使用量などの環境情報に限られません。労働安全衛生、人権、腐敗防止、調達方針、従業員への教育、苦情処理の仕組みなど、企業活動全体に関わる幅広い情報が対象となります。たとえば、企業のサステナビリティパフォーマンスを評価するEcoVadisでは、環境、労働と人権、倫理、持続可能な調達といった観点から、サプライチェーン上の企業の取り組みが評価されます。
つまり、取引先から求められる情報は「CO2をどれだけ排出しているか」だけではありません。 自社がどのような方針を持ち、どのような体制で事業を行い、どのようなリスクに対応しているのかを説明できることが、今後ますます重要になります。
3.立派なレポートを作る必要はない
このような潮流に対応するために、「まずは完璧なサステナビリティレポートを作らなけれ
ばならない」と考える企業もあるかもしれません。しかし、最初から完成度の高いレポート
を目指す必要はありません。
本格的なレポートを作成するには、時間や労力に加え、一定の費用も必要になります。また、
レポートに掲載する内容を充実させるためには、実際の取り組みやデータの蓄積も欠かせま
せん。十分な活動や情報がないまま見栄えのよいレポートだけを作成しても、かえって実態
との乖離が生じてしまうおそれがあります。
一方で、すべての準備が整うまで何も発信しないという姿勢では、取引先や社会からの期待
に応える機会を逃してしまう可能性があります。まずは、自社の現状を整理し、できるとこ
ろから情報を発信していくことが重要です。
具体的には、次のような段階から始めることが考えられます。
・ 自社の事業と関係が深いサステナビリティ課題を整理する
・ 既に取り組んでいる活動を棚卸しする
・方針、体制、実績データを少しずつ文書化する
・ 取引先から聞かれそうな項目を先回りして準備する
・必要に応じて、簡易レポートやウェブサイトでの情報掲載から始める
大切なのは、最初から立派な冊子や詳細なレポートを作ることではありません。自社が何を大切にし、どのような取り組みを進めているのかを、自社の言葉で説明できる状態をつくることです。
2026.02.14
求められ始めたサステナビリティ経営 その2
「コストか価値か」という誤解
一方で、「環境配慮にはコストがかかり業績を圧迫する」「休暇取得率が上がると売上が下がる」といった声が聞かれることもあります。短期的な業績のみが重視されてきた従来の経営の視点から見れば、サステナビリティは負担に映るかもしれません。しかし、温暖化の進行や少子高齢化などにより社会環境が大きく変化する中、企業の将来性をどう確保するかが、これまで以上に重要になっています。
投資家が見ているのは「将来にわたる企業価値」
とりわけ投資家にとって、将来にわたって安定的に価値を生み出せるかどうかは重要な判断軸です。経済の血液ともいえる「お金」の流れを担う金融機関には、健全な投資を通じて持続可能な社会の形成を後押しする役割が期待されています。その意味で、企業には短期的な成果だけでなく、中長期的な視点に立った経営が求められているのです。
正解は一つではないサステナビリティ経営
サステナビリティ経営には、決まった正解や単一のモデルがあるわけではありません。ただし、参考となるガイドラインは存在します。国際的なものとしては、ISO26000「社会的責任に関する手引」があり、日本では有価証券報告書においてもサステナビリティ関連情報の開示が求められています。
自社なりのサステナビリティ経営に向けた第一歩
大企業の中には、これらを踏まえて独自の基準を設け、サプライチェーン全体にサステナビリティへの取り組みを求める動きも見られます。まずはガイドラインや他社事例を、インターネットやセミナーなどを通じて情報収集することが第一歩です。その上で、自社の事業や立場に即した形で、無理のないサステナビリティ経営に着手していくことが重要ではないでしょうか。
2026.01.27
求められ始めたサステナビリティ経営 その1
非財務情報の開示が当たり前になりつつある
近年、企業にはこれまで以上に非財務情報の開示が求められるようになってきました。非財務情報とは、企業の事業活動が自然環境や人に与える影響を示す情報のことです。具体的には、温室効果ガス(二酸化炭素やメタンなど)の排出量、廃棄物の発生量、男女の雇用比率、休暇取得率などが挙げられます。
なぜ今、企業は社会への影響を説明する必要があるのか
これまで企業は主に財務情報のみを外部に公表してきました。しかし、経済活動が地球環境の悪化や社会課題の深刻化と密接に関係していることが明らかになるにつれ、企業には自らの活動が社会に与える影響を説明する責任が求められるようになりました。国連が推進するSDGsにおいても定量的な目標が設定され、これらの達成に向けて、組織単位で目標を掲げる企業が増えています。
サステナビリティ経営はマルチステークホルダー経営
サステナビリティ経営は、マルチステークホルダー経営とも呼ばれます。これは、企業に関係するさまざまなステークホルダー(利害関係者)の意向を踏まえながら経営を行う考え方です。重要なのは、ステークホルダーは株主や従業員といった「人」だけに限らないという点です。生態系や自然環境も、企業活動の影響を受ける重要なステークホルダーであり、環境への悪影響は最終的に人間社会にも跳ね返ってきます。
潜在的なステークホルダーという視点
さらに、ステークホルダーには将来世代のような潜在的なステークホルダーも含まれます。こうした視点に立つと、サステナビリティ経営とは、すべての人や生態系に影響を及ぼし得るリスクに向き合い、適切に対応していく経営であると言えるでしょう。
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